沼田事件
30代の頃、モダンダンスを習ってた。
先生は男性で厳しい人だった。
「ピシーッ!!」
先生がけいこ場に入ってくると、空気が凍りつく音が聴こえた。
特に公演前。
私はそれまで「根性」とは無縁で生きてきた。
団体行動も苦手だった。
それゆえ、公演のリハーサルに突入すると、
「地獄行き」のような気分になった。
とにかく「ゴミ」か「ゾーキン」のように扱われる。
ただでさえ少ない出番が、
ヘマをするたびにどんどん減っていく。
「絶対服従」の世界だった。
理不尽なことも多かった。ことばの暴力もあった。
しかし、なぜか辞めようとは思わなかった。
初舞台の本番の日。
あたしは「楽屋から脱走しようか」と思うほど緊張していた。
何かおそろしいことが起きやしないか。
そしてやはり、あたしの予感は的中した。
それは本番中に起きた。
いわゆる「沼田事件」である。
あたしと彼女(沼田)は、
途中から群舞に加わることになっていた。
出番は約20秒。
ドキマギしながら構えていたそのとき、
沼田が突然、舞台に飛び出した。
「!?」
まだ出番ではないはずだ。いや、あたしが出遅れたのか。
あたしの心臓は凍りついた。
「恐怖の1分間」が過ぎたあと、
沼田が再び、舞台そでに転がり込んできた。
「あんた、何してたのよ!!」と叫ぶと、沼田は
「出るトコまちがえた。仕方ないから一緒に踊ってた」という。
あたしはアゼンとした。
このハプニング以外は、公演は無事に終了した。
後日。。。先生は沼田を叱らなかった。
「ヘマ」を最小限に食い止めようとする
彼女の「努力」が認められた。
「問題の場面」は、確かに違和感はあるけれど、
作品を破壊するようなレベルではなかった。
何度もビデオの沼田を見て、みんなで笑い転げた。
それにしても。。。あたしは思った。
沼田は、ある意味「猛者」だったと。